書き続けた日記
クリースーです。
妻が他界した直後から、ノートに日記をつけ始めました。
妻がいなくなり、恐れや悲しみ、さみしさや、混乱。
気がおかしくなりそうな自分の想いを吐き出したい。
誰かに話を聞いてもらいたい。
そう思っていましたが、近くに話せる友人等もなく、どうしたらよいかわからない状態でした。
当時SNS等は全く縁がなく(辛うじて妻とのLINEだけはしていました)、一生自分には関係のないものだと思っていました。
その当時から活用していれば、違った生き方もできたのかな。とも思いますが。
そんな中、とにかく日記をつけ、気持ちを吐き出し、自分を保とうと思いました。
少し読み返してみると、
自分の苦しみ、想いがストレートに書かれてあります。
当時は、誰に見せるわけでもないという想いで書いていたので、殴り書きな文面が目立ちます。
ただただ、
苦しい、さみしい、どうしたらいいのか。
等々、想いをぶつけている感じです。
日を追うごとに、無気力さが大きくなっていきます。
妻がいない世界で生きていく。
意味はない。何か意味はあるはず。
生きていかなければいけない。生きる価値など全くない。
苦しみに耐えなければいけない。もう全てがどうでもいい。
日に日に、心の浮き沈みを繰り返し、
どうしていけばいいのかわからない。
とばかり繰り返し書かれています。
気持ちの浮き沈みは今も変わりませんが、
今はこのブログやSNSで誰かに話を聞いてもらえる。
という安堵感があり、少しは落ち着いて文章を書くことができている、と思います。
死別の苦しみは、最終的には、独りで向き合っていくもの。だと思っています。
しかし、同じような苦しみを経験されたり、
その苦しみを理解しようとしてくれる人がいる。
日記を書いていた頃と違い、人に話を聞いてもらえ、また話を聴くことができ、
そのだれかとつながれる。
本当に恵まれた環境にいるな、と感謝しています。
日記は3年半書き続けました。
今は日記に代わり、このブログやSNSで自分の気持ちを落ち着かせ、妻と向き合える時間を持つことができていると思います。
この先も気持ちの浮き沈みは続くでしょうが、ブログやSNSを、心を落ち着かせる場として大切にしていきたいです。
そして、ブログ・SNSを訪問し、また、交流してくださる方々、
本当にありがとうございます。感謝しています。
今日も話を聞いてくれて、ありがとうございます。(^^♪